2020年05月28日

解除から3日目、新しい手を打っているか?

中島飛行機といえば戦前の「零戦」「隼」を代表するような戦闘機メーカーです。戦後は富士重工になり、最近、自社人気自動車のブランドであるSUBARUに社名変更しました。

中島飛行機は群馬県太田市に本社を置いていました。その太田市在住の知人から聞いた嘘ような話ですが、本人は本当の話だと言っていました。その話は創始者の中島知久平が敗戦の日の8月15日の翌日16日定款変更した新会社富士産業の設立登記をしています。変わり身の速さ、手際のよさ、見事です。

軍需産業の最前線の戦闘機メーカーが敗戦の当日、平和産業の会社を設立しているのですからその慧眼には敬服します。戦争中にそんなことをすれば非国民で社会的な制裁を受けます。

誰よりも分かっていたのでしょう、中島知久平には「この戦争は負ける」ということが。戦闘機技術の最先端、最前線にいるのですから。敵の分析も1番できていた。敗戦の日から新会社を起こし、リアカー、自転車、鍋、釜、乳母車等を製造し始めて糊口を凌ぎます。それからスクーターの製造を始め、さらに10年近くしてから名車スバルが世に出ます。

自動車製造の特にエンジンの技術は戦前から持っていたのでしょうが、戦闘機メーカーが平和産業の自動車を製造するのを世の中が許すのに10年近くかかったということでしょう。

昨日は非常事態宣言から2日目ですが、数人の方から電話をいただきました。そのうち2名は仕事の依頼でした「非常事態宣言解除まで待っていたんだけど鳥巣さんにやってもらいたい仕事があるんだけど、受けてくれますか?」

願ってもない、嬉しい話です。幸先がよいです。こっちが鬱々している期間、何かをやろうとしていた経営者達も同様、鬱々していたということです。

2ヶ月間の非常事態宣言期間は国民にとっては理不尽な謹慎期間でした。しかし、経営者はその間にこうなったら、こうしよう。こういう場合はこういう手を打とうと気が狂うくらいいろんな場合のシュミレーションをしていたはずです。

だから解除2日で実行開始で私に連絡が来ました。こっちの私もそうです。今後について膨大なシュミレーションを行いました。最善は余り考えられなくてむしろ最悪回避のシュミレーションばかりでしたが。

今日で解除3日目です。当社の置かれている状況が大体わかります。この謹慎中に考えたどの手を打つか?当社ももう始まっています。急に会社が活気付いています。私スタッフの多い会社は変化への対応、いや変化を起こす力も旺盛です。
posted by tk at 07:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする