2020年03月24日

日々の活動の半分は頼まれ事の解決と繋ぎ

どんな時が幸せか?銀座長屋で朝方、万年ふとんの中で起きる時間を気にしないで睡眠と覚せいの間をうとうとしている時が一番幸せです。しかし、目が覚めてしまえば、今日やらなければならないことが次から次への頭をよぎります。自分の意思で動き、その出来不出来で結果が出る事は納得できますが、相手任せ、相手がいい人だったらなというのは不安が湧いてきます。

もう1つ幸せな時間は頭を空っぽにできる時間です。空手をやっている時はそうです。空手以外のことを考えません。空手に集中しています。私は空手の「空」は空っぽの「空」と思っています。私にとって空手は「空頭」です。

いろんな仕事がありますが、当然、経済活動をしているので仕事受注活動が多いです。売上高を上げないとメシが食えない。社員が路頭に迷います。創業者あるいは経営者は意外に自分のことは考えていません。

私は年金はまだもらっていません。70歳になる頃考えようと思っています。余裕がある?とんでもないです。年金をもらうと今の給料がもらえずに生活できなくなるので働いています。

老後ための貯蓄はありません。たけのこ暮らしです。多少、銀行には預金がありますがこれも会社の資金が枯渇し、かつ金融機関の融資が遅れる事態のバッファーで貯蓄しています。実際、このお金は会社と私の口座を行ったり、来たりしています。

日々の活動でもう1つ大きなものがあります。仕事というか活動というか?人様からの頼まれごとが多いです。ある会社や社長がある人を紹介して欲しい、この商品の売り先を紹介して欲しい、ある会社とうまく行っていなくてその調整をして欲しい等です。

私の人脈に関する依頼が多いです。私の友人、知人等私の人脈を利用したい、活用したい、繋がりたいです。依頼する人はこっちがかかった経費を払う気はありませんし、こっちも求めていません。私も依頼者の喜ぶ顔が見たい、うまくいけばいいなと思って動きます。たいていの人は感謝して喜んでくれます。

なかにはお礼の言葉1つない人もいます。しかし、これまた俺しかできない活動だと思い、動きます。急いでいるようなので至急動いて解決策を見つけて依頼者に連絡しようと思ってもなかなか相手が電話に出ません。つながると「すません、しばらくベトナムに行って不在にしていました」がくっ。

こういった活動に費やす時間とお金は本業と同じくらいの量になります。ここでこの活動を拒絶するとこの世に私が存在する意味がありません。自分だって偉そうなことを言っていますが、どれだけの人が見えないところで私を推薦し、私を庇い、私を押してくれたか、そう思うとメシが食えている期間はその恩返しが経済活動と同じくらいあり、それを果たすことが生きている証とも思えます。
posted by tk at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする