2020年03月21日

「気は心」であるとしみじみ思う

ピンチを脱するのはその人の持つ強靭な精神力もありますが、それ以上に力を持つのは友人知人の助けです。人様が手を差し伸べてくれないと危機を脱するのは難しいです。しかも日頃の付き合い、人間関係が大切です。困った時だけ、助けてと泣きついても1度は助けてくれても2度、3度となると誰も相手にしてくれません。

年少の頃、親父がよく「気は心」という言葉を言っていました。子供の頃はよくわからず、「感謝の心を表すことが大切だ」と言った意味ではないかと思っていました。

しかし、成長するにつれてこっちも調子に乗って、驕慢になって行き、鼻持ちならない人間なって行きました。

2〜3度大きな人生の挫折を経験する中で再び「気は心」という言葉を思い出すようになりました。最近は「たとえ、お礼の量や金額が少なくても、感謝の気持ちの態度や言葉を表すことが大切である」と言った意味なのでしょうか?

大きな恩を受けた時や便宜を図ったもらったら誰もが感謝します。「気は心」は恩の大小に関わらず、常に人様にしてもらったことにその場で感謝の気持ちを表すということのような気がします。

つねに感謝と「ありがとう」のアンテナを立てていないとその場限りのご都合主義の気まぐれでやっても相手は逆に警戒してしまいます。

一番早くてわかりやすい「気は心」はその場で「ありがとう」と言うことです。これに勝るものはありません。感謝の言葉をハガキや手紙にしたためるのもよいでしょう。次は会食を計画して食事に誘って懇談、懇親しながら感謝の気持ちを表すのもよいことです。

さらには大した金額でもなく、量でなくても自分の気持ちを品物で表すことも大切です。それもただ、モノを送るのではなく、その人に気持ち、感謝が伝わるような品物を送ることです。

これを送ることができるのはそういった調達先(生産者。製造者)とこれまた通い合う関係を持っておかなければできません。四方八方、右も左も前も後ろも上も下も良好な人間関係で成り立っているのです。
posted by tk at 05:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする