2020年03月02日

相手や他人を慮(おもんぱか)るのが人間

うちのれいらんが2月3月は私の出張が多いために、娘のところに預かってもらっています。寂しい気もするけど3月中旬は帰って来ます。猫と犬がなぜ、人間のペットの両翼なのでしょう?人間と猫、人間と犬という飼い主との関係を作れるからでしょう。そこに2人だけの関係を築けるからでしょう。

人間もそうです。ヒトと人間の違いは人間は他の人との関係の中で成り立っています。他のヒトがいなければ、自分は人間ではない。我々の人生そのものの大半はヒト同士の関係で成り立っています。

ヒト同士の関係が人間だとするとそのヒトをコントロールしているのは心です。ヒトが人間になれるか?ヒトの心が決めます。人間関係は他人への気配り、配慮で成り立っています。

ヒトに生まれ、成長する中で、教育を受け、社会の悲哀を経験しながら、ヒトから人間になって行きます。私もまだなっていません。少しなりかけて来たかな?程度です。

若い頃を振り返ると恥さらしの毎日です。先輩、上司、先生が教えてくれる事が眼中になく、ただ自分の都合、勝手で生きていました。それを許してくれた人間社会に大感謝です。

例えば、足りない時は人様を優先する、自分は我慢するのが人間の行いです。困っている人が眼中になく独り占めしているのは人間ではなくヒトです。逆もあります。有り余っている、お腹一杯の時にも人様の好意の食事はありがたく受け、お腹がはち切れるまで食べるのが礼儀です。

満ちている時、余っている時は食い散らかし、足りない時は他人のものまで奪う。人間の行為ではありません。どこかの国が浮かんできたのではないでしょうか?食品ロス世界一と言われる我が国は恥です。根本は国民の食い散らかしとそれを煽っている流通の返品制度にあります。そして今回のような世間を騒がす事件が起きると今度は買い占めに走る。買い占めて優越に浸る。

こういった行為をしている人は人間ではなく、ヒトです。あえて人間という言葉を使えば、「心の貧しい人間」です。お金のない貧しい人間よりも心の貧しい人間の方が恥です。人生の勝ち負けもそうです。人を思いやる心を持って生きている名もなき人間と人間を裏切り、騙して地位と富を得た人は前者が人間、後者は単なるヒトです。
posted by tk at 08:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする