2017年09月04日

再び悪戦苦闘に自分を置く

「悪戦苦闘」という言葉は私もよく使っています。「悪戦苦闘」は調べると「非常な困難の中で苦しみながら一心に努力すること。強敵に死に物狂いで苦しい戦いをすること」だそうです。

いい言葉ですね。言葉の意味はわかっているので日々借用していますでこうやって読み返すといい言葉だとしみじみ思います。

私の好きな言葉は「覚悟」と「精進」です。3番目は「堪忍」です。今日から座右の銘を「悪戦苦闘」に変えます。厳密にいうと戻します。

「覚悟」とは仏教用語では読んで字の如し、「悟りを覚える」ことですが、一般的な意味は「困難なことは避けられないと予想してそれに動じない心構え」でしょう。

でも、悪戦苦闘していれば覚悟の心構えは要らない。悪戦苦闘自体が覚悟していないとできない。予測された困難から逃げなかったから悪戦苦闘しているわけだから。

「精進」とは「一生懸命努力すること」ですが、これも悪戦苦闘していれば自然と精進します。負けるとすべてがなくなるのですから。

「堪忍」とは「人のあやまちを我慢して許すこと」ですが悪戦苦闘していれば許すも何もそんな人のことなど考えている余裕はない。自分のことで精一杯。それが自然と人を許すことになります。

私の人生で「悪戦苦闘」の時期は間違いなく、会社をクビになって、幼子のいる家庭を抱えて放り出された時です。それからの10年は死に物狂いでした。40歳〜50歳の頃です。

おとしめた人間や阻害した人間は忘れていますが、助けてくれた人、励ましてくれた人、認めてくれた人は全員覚えています。これからも終生忘れません。

今振り返るとこの頃の鳥巣研二が一番魅力的だった。謙虚だったし、殴られて倒れても、泥を払ってまた平然と立ち上がっていた。敵を恨む余裕もなかった。

年齢を重ねると実務は若い人に任せて、細かいことには口を出さないようにと言われます。私もそう思います。

だからと言ってそれと「悪戦苦闘」とは関係ない。人生は棺桶に足を突っ込むまで「悪戦苦闘」の日々。それが一番幸せな人生です。10数年ぶりになりますが、再び「悪戦苦闘」を旗頭にします。
posted by tk at 08:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする