2017年07月09日

名人に派手さはない。精進あるのみ

昨日は国際明武館剛柔流空手道連盟総本部の国際大会の試合でした。試合と言っても沖縄空手の場合、格闘はなく、型を披露して、5人の審判がそれに点数をつけて上位を競うものです。

私も出る資格がありますが今回は出場していません。下手でも出場すれば少しでも上位に行こうと頑張ります。経験年数からしても私が出場しても上位に来る可能性はあり得ません。

それよりも出場している同門者の型を観察して、空手の名人とはどういった型をするのかを学ぶことに徹しました。

国籍、年齢、性別関係なく名人の型は体の軸がぶれません。体幹が崩れません。上手な型はあまりにも決まり過ぎていて、派手なアクション、パフォーマンスがありません。やっぱり空手というのは見世物ではないということです。

もう1つの認識は私の知り合いの先輩達も各部門の優勝をさらっていましたが、その人達は生活が空手中心に組み立てられている人たちです。

もちろん、仕事もよくしていますが、日々の生活が「空手生活」の人達です。休日、余暇のすべてを空手に費やしています。人生の目的の主要部分が空手である人達です。

今回は外国人の参加者が主です。むしろ日本人の方が少数です。外国人の名人の多くは空手道場を経営している人達でいわば空手ビジネスをしている人達です。

試合の合間も黙々と練習しています。毎日毎日空手に精進しています。こういった生き方、人生は国籍も関係ないものです。

私にとっての空手はむしろ健康づくりです。90歳まで元気で生きられる健康づくりが目的です。

さらに今回の参加の収穫はサラリーマン時代までは多少なりとも外国というものと関係のある生活でしたが、起業後、海外とはまったく無縁の生活・社会に身を置いています。

今回の空手世界大会は再び私に外国の存在を意識させました。エクセレントローカルに国籍はないということを身を持って体験しています。
posted by tk at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする