2017年03月27日

心と生の選択

創造主であられる神様から生を受けて今日で63年になります。生があるのを気づいた記憶は4〜5歳からです。以後、毎日寝ている以外は生の中をさまよっています。

今日、3月27日は企業や行政における年度決算日です。サラリーマン時代は経営が求める利益と営業が稼ぐ利益のギャップ埋めの最終日でした。終わるとやれやれ。疲れきっていました。

今の業界に入ってからはクライアントの行政機関への報告書の最終日です。これまた終わると心身ともにもぬけの殻です。若かったのと生活を背負っていたのでできたんでしょう。

60歳になり、もうしばらくは生きてそうなので残りの生を大切に使用と思い、私生活と会社での立場にけじめをつけました。

さて、今日で63歳になります。日々楽しく暮らせることに感謝しております。でも63歳と言うのは難しいですね。何の節目もありません。目標がありません。残りの人生をいかに生きるか?毎朝、ひげを剃るために鏡の前に立つとそこには年老いた老人がいます。

それでこれ以降、何年続くかわからないひたすら下り坂の生に目標が必要です。その目標は「人様に迷惑をかけずに生活して、最後は自分を自力で火葬場まで持って行けるか」だと決めていました。

自分で火葬場まで行く体力が必要です。そのための空手であり、筋トレです。と書きましたがちょっときれい事ですね。何かが欠けている?本音がね。

昨日午後は急に打ち合わせが入り、出張しました。打ち合わせが済んだあとで「明日、誕生日ですよね。ささやかですがお祝いをしましょう」誕生日のお祝いなぞうん十年記憶にありません。

いいですね。こういうのは。俺に欠けているのはこれだと思いました。素直に嬉しかった。心の傷も徐々に癒えて来たのでこういう生の選択もあるのかなとね?
posted by tk at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする