2017年03月12日

楽しいことのみ信じて生きる

仕事をしている時はたいていが人と接しているというよりもっと濃くて人と何らかのコミュニケーションしています。

していないのは移動の時くらいです。それでも周辺に誰かいます。不快な気分に遭遇することは多々あります。気が滅入ります。

が、逆もあります。時々独りぼっちでしかも急いでやることもない時間ができた時です。途端、余計なことを考え始めます。予測できないことへの不安や結果に対する後悔等です。

「無心になりたい」と思いますね。無心とはお金をせびることも言いますが、ここでは「心を無にする」という意味です。

「無心」とは「一切愚痴の心なき」を言うそうです。「無心になる」とは「目の前の事柄を行うことの意味を一切考えずにただその事柄にあたる」ことだそうです。

積極的な言葉だと「無我夢中」あるいは「一心不乱」なのかも知れません。

「無心になる」ことは何も考えないこととは違うようです。人間である限り「心を真空」にすることはできません。では心を何で埋めればよいのでしょうか?

やっぱり、楽しいこと、嬉しいこと、好きな人の事、自分の達成感、夢、幸せなどでしょう。でもこれで心を埋めてしまうと心は「無心」ではないのではないか?

いや、「無心」でしょう。なぜなら、心から不安、不信、重圧、さびしさ、かなしさ、苦しみ、後悔、辛い思い、恨み等マイナス要素を追い出しているからです。

余計なことを考えずに、楽しいことだけ心に思い描きながら、今を懸命に生きるそういう理解でよいのでしょう。

私は好きな言葉で「覚悟」と「精進」をよく挙げてきましたが、最近60歳を越えて「覚悟」は常に日々の生活の中できています。

これから「無心」と「精進」ですね。楽しいことのみ考えて、日々生きます。
posted by tk at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする