2020年08月04日

人に頼るな、自分で判断して生きよ

昨日は会社の定例会議でした。少しずつ仕事が出て来て、倒産は回避できるかも知れません。しかし、昨日の話題はスタッフの3名が新しい門出を始めた報告がありました。俺の私生活も「まだまだこれから。がんばらなくちゃ」と思いました。

「それでも地球は回っている」「嵐の中でも時は経つ」時は一瞬の休みもなく、刻々と動いて行きます。時という摂理を作ったのは神なのでしょうが、時を創造したものは地球というか、宇宙を想像して、つくったものです。この摂理には誰も抗えない。

コロナ、コロナの大騒ぎの中で世の中が止まっている時も若者は出会い、愛を育ませ、手を握り合い、新しい世界に飛び込んで行きます。コロナコロナの大騒ぎの最中も結婚式で若いカップルは生まれ、赤ちゃんも産声を上げています。

生まれるということと死ぬことは同じ生命の宿命です。生まれる赤ちゃんもいる一方で、高齢、病気、事故で亡くなっている人もいます。コロナであろうがなかろうが人間は死にます。誰も人間の寿命、生き死にをコントロールすることはできません。

この期間中、私も大変悩みました。それ以上にスタッフ達もそれぞれ悩んでいたはずです。ましてや彼らの方が30〜50年私よりも寿命が長いです。コロナ禍の中でしっかり新しい門出を作ったことは嬉しい限りです。

これで当社は潰れない、倒産しない。むしろ発展すると思いました。昨日の会議も終始、笑い声が絶えませんでした。ちょっと早いですが当社は「withコロナ・afterコロナ宣言」です。そう言えば私の住まいの下にある神社の柏手(かしわで)の音が減りました。一方で鳥の鳴き声が増えました。

コロナが劇場化して来ました。ということはコロナはみんなの生活の中に入ったということです。共生の印です。劇場(テレビ)の中でいまだ「政府が悪い」「大量死亡者が出る」としゃべさせられているコメンテーターが哀れです。いくばくかの出演料をもらって。

馬鹿言ってんじゃないよ、人に頼るな、自分で判断して生きよ
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2020年08月03日

やっぱり長期顧客(愛顧者)が一番得をする

先週、金土は大阪府豊能町の新規就農塾でした。そこで栽培技術を教えているメイン講師の三浦さんは宮城県角田市で農業を営んでいます。いろんな顧客、業種、業態に野菜を販売して独自の販売チャネルと確立しています。

当初、農業を始めた頃、JAに加え、販売先としたのが宅配だそうです。今でも四半世紀以上続いているお客様もあるそうです。週1回、お任せセット箱(1400円・2000円)を配達するそうです。

入れる野菜はお任せなので自農園でその時に収穫している野菜です。7〜8種類を入れます。年間40品目の野菜を栽培しており、それを年間50週つまり50回配達します。

それを聞いて自称マーケッターの私は頭の中から湧いて来るいろんな質問を尋ねます。「40品目を50回配達するとお客様はある時期は同じ野菜がいつも入っているのに飽きない?」「箱に入れる時はお客様がどんなメニューに使うか?メニューを想定して入れるのか?」「お客様は箱の中の野菜を使い切っているのか?」等。

まずその答えはお客様のメニュー(献立)は想定していない。入れる野菜はその時期の旬の野菜なのでそれを見てお客様がメニュー(献立)を決めている。野菜の使い残しがあるかどうかはわからない。それぞれお客様が何かに使い回したり、廃棄してしたりしているのではないか。

「この中の野菜であるメニュー(献立)を思いついても不足の品目野菜の調達はどうするのか?」「多分、スーパーに行って買っているはず」「それなら、スーパーの野菜で十分ではないのか?わざわざ宅配で取らなくても」「宅配のお客様は多分、「朝採れor前日収穫」の鮮度、新鮮さで買っている」

それでも長く続いているお客様には家族構成や好き嫌いを分析して「入れる品種構成」や「量配分」を変えて入れるそうです。すると牛乳宅配と食品宅配をしている受講生の1人が「宅配は一々お客様の使い方を想定していたら不可能です。こっちが売りたいもの、おすすめを詰めてそれでお客様が納得して買ってくれているのですから」

それに宅配は1回こっきりのお客様が半数を占めると言います。そこで私が思ったこと、宅配は「お客様が出たり、入ったり」というか一定数の入りと出で成り立っているビジネスです。そう思うと気が楽になります。言い換えると「1回こっきり」のお客様こそがこのビジネスを支えているとも言えます。

とするとこのビジネスを成功させる最大のポイントは「長年の顧客」を大切にするよりも1回しか買わない「トライヤル」を増やすことです。「お買い得、1回限りにつき」と銘打った「お試しセット」が最大の稼ぎ頭ということが見えて来ます。逆にいうと長く取っている人が一番、内容の充実した実利を得ているとも言えます。
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2020年08月02日

豊能町新規就農塾から育って行く新規農業者

大阪府豊能町新規就農塾を当(一社)エクセレントローカルでやっていますが、今年は4期生です。今年度は経営者が多く、ビルオーナー兼カフェ経営、ホテル経営、牛乳宅配業の社長、飲食・土産販売業等、農業とは異業種がありながら、今後、農業を取り入れて事業展開するため自らが新規就農塾を受講している人達が多いです。

年齢は40歳後半〜50歳前半が多いです。第1期生がサラリーマン定年後の悠々自適の60歳以降が多かったのとは対照的です。2期・3期は栽培技術の習得の目的の人が多いため、メイン講師の三浦農園の三浦さんに任せきりになっていましたが、今年度は企業の新分野進出が多いために栽培技術だけでは不十分なので私も出講しています。

とは言っても栽培技術の習得がメインであるのも事実です。プロ野球に例えると三浦監督の下に1期卒業生の森川ヘッドコーチ、3期卒業の三浦大輔、桑田両コーチ、フロントは荒井朋子エクセレントローカル事務局次長といった布陣で臨んでいます。

1年間、毎月1回合計11回を実施します。作物は20品種以上を周年で栽培しています。昨日はミニトマトと枝豆の収穫をしました。ミニトマトはハウス、枝豆は露地栽培でしたが長雨にもかかわらず、良質の品質のものが収穫できました。

収穫した野菜は近くにある農産物直売所志野の里で販売します。収穫物を選別、規格揃え、パッキング、値付けをして出荷します。この作業が大変です。就農塾は月に1回ですが、農産物は毎日成長します。

圃場管理日と収穫出荷日を合わせると2日に1度は誰かしらが出て作業をすることになります。この共同分担作業が多いために受講者OB3名にコーチ(サポーター)を引き受けてもらっています。大助かりです。今期は受講者も積極的に圃場に足を運んで、収穫出荷業務をやるので円滑に進みます。

ここでの売上高は農業資材購入費に当てますが、この収益だけで最近はほぼ農業資材費をまかなえるようになります。新規就農塾の受講料は年間36000円です。月1回・年間11回で割ると約3000円ということになります。

ここで塾を終了すると大阪府の基準の農家分類の準農家候補者に認定され、その後、農地の利用権設定が受けられ、準農家になることができます。やがて農地取得等ができる農家への道が開かれます。

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2020年08月01日

辛抱しているだけでは生き残れない

仕事がないのでwithコロナ、afterコロナで動いています。そろそろ会社の資金は尽きます。尽きてしまえばwithコロナ、afterコロナもないのですが、会社が潰れなければ当然次の手が必要です。次の手を考えて動いています。

まったく、止まっていたコンサル事業も動き出す気配があります。なななんと、岩手県から仕事の受注です。感染者ゼロを誇っていた岩手県から数日前に感染者が出ました。

いずれこの日が来るのを岩手県の役所は予想していたのかも知れません。感染者ゼロだった岩手県が一番早くコンサル事業の仕事をくれたのは意外でした。

たいていの会社が現状の回復を願っています。そのために今この苦しさに耐えています。私は現状の回復はないと思います。生き残りはないと思います。あるのは進化だけです。

ダーウィンの言葉と言われていますが(実際は言っていないようですが)「強いものが生き残るのではない、変化に適応したものが生き残る」がありますが、まあだれが言ったかはよいとして「強いものが生き残るのではない」その通りです。

次に「変化に適応したものだけが生き残る」は私は違うのではと思っています。「変化を先取りして、変身したものが生き残る」つまり「進化」したものだけが生き残るのではと。

このコロナ禍をずっと我慢して事業を止めないで継続したものが生き残ると信じていましたが、長期化で自分の頭の中を「進化したものだけが生き残る」に変えました。

進化と生き残りの違いは?生き残りは現状の延長です。現状の優者が勝ちます。兵糧を持ち答え、籠城に耐えられる大企業は生き残ります。

進化は以前とはまったく違うものになることです。変異と言ってもよいのかも知れません。このコロナ禍の中で変異、変身した企業のみが生き残れます。

そういえば新型コロナも発生から1年足らずで嘘か本当か、日々変異しているそうではないですか?それに勝つためにはさらに激しく我々が変異するしかありません。
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2020年07月31日

自分なりの価値判断ものさしを持つ

生きて行くために必要なのは自分で価値基準を持っているか?どうかです。価値判断基準=物事を判断するものさしとでも言いましょうか?コロナ禍でも国民が価値判断基準を持っていないのですぐパニックです。宗教を信じている人が強いのは自分にとっての神=価値基準を持っているからです。

自分で価値を判断しないと人生も事業も商品開発もできません。加工食品の商品開発をします。どんな商品を作るかを決めなければなりません。そのものさしを持っていないと決められません。

農産物を生産します。どんな農法を選ぶか?例えば、有機栽培農産物(オーガニック農産物)を栽培する場合、有機(オーガニック)農法は元来、大規模農法の批判、否定から始まっています。農薬を使わない、化学肥料を使わないが最も先鋭です。でも有機(オーガニック)栽培をサスティナブル(持続可能な)農法と捉えると意味が違ってきます。「農薬不使用、化学肥料不使用」か、「持続可能な農業」か農業を営む価値観をどこに置くかです。

一番いいのは自分(農家)にとって無理のない経営持続可能な収量を上げ、味も価格も買ってくれる生活者が納得の行く農法であればそれが一番農家にとって楽な農業であり、生活者にとっても一番、楽な農産物です。それがどこなのか?そのものさしを自分で持たなければなりません。そしてそれを受け入れない人を否定しない。

食品添加物不使用食品もそうです。一切、厚生労働省認可の食品添加物を一切排するか、排する食品添加物と使用する食品添加物を決め、使用しても健康に害がないと思った食品添加物は使用するというやり方もあります。原料もそうです。国内産のみにこだわるか?ハムソーセージの場合は海外産の方が国内産よりも適していると思えば海外産を使用するかどうかです。

また、食品の場合は要素に「味」があります。美味しいと思うか?まずいと思うか?人それぞれです。その決め手は自分の舌です。自分が美味しいと思うか思わないか?美味しいと思うものを作ればよいです。

しかし、人様に販売する場合、「味」だけというわけには行きません。価格(コスト)、味以外の「品質」も必要要素です。最終的にはこの味で、この価格で、この品質グレードなら自分は買うし、お客様も買ってくれるだろうという自分の価値判断基準で決めるしかありません。相当、勉強しないと自分なりの判断基準は持てません。
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2020年07月30日

耕作放棄地と思いきや自然農法畑

糸島ブームで私が書く糸島はネイティブ糸島です。観光都市糸島でもなく、おしゃれなスポット糸島でもありません。ブランディングのうまい糸島でもありません。糸島のすごいのは糸島という虚構をつくったことです。

誰がつくったか?私も知りませんが、農産物直売所伊都彩菜ができた頃から知名度が上がって来ました。魏志倭人伝に出て来る女王国邪馬台国と同じくらいの重要国で登場するのが伊都国(いとこく)です。

虚構の後押しをしたのは地下鉄・筑肥線で福岡空港、博多駅、天神に直結して交通の弁がよい、九大が伊都キャンパスを作って移転した等あります。しかし、今の糸島の虚構の観光スポットは主に糸島半島の先端海岸部です。

地域で言うと糸島半島の左側の先端部は旧志摩町です。糸島の「糸」は内陸部の怡土(いと)で、「島」が先端部の志摩(しま)です。合わせて「いとしま」です。糸島半島右側海岸部は福岡県西区北崎、大原、今津等です。しかし糸島=糸島半島からするとこの地域も旧糸島郡で我々の感覚では糸島です。学区制のあった頃もこの地域は糸島高校、糸島農業高校に入学できました。

前置きが長くなりましたが、ここの小田(こた)に高橋ぶどう園があると聞いて訪ねました。ご主人は私よりも3つ下で、奥様は糸島高校で私の妹と一緒だったことがわかりました。

果樹と畑を2町歩やっています。果樹はぶどうやいちじくです。ぶどうは80品目栽培しています。ここの農法はもちろん化学肥料、農薬は一切使っていない上に「自然農法」と言うやり方です。

畑を見ましたが、草ぼうぼうで単なる「放棄耕作地」と思いきや、草ぼうぼうの雑草を作付けが近づくと刈り取り、それを緑肥として畑に鋤き込むそうです。土壌は自然発酵して土が熱くなります。かつ、みみずのような虫がたくさん地中にいます。

作付けはこの自然緑肥たっぷりの豊かな土壌にマルチを張って、種まきをします。植物の一生を「森の循環のしくみ」にヒントを得てこの農法に行き着いたそうです。

果樹と野菜の両方をやっているのはこの農法を試行錯誤している頃、果樹は1年1作なのでうまくいかなかったらやり直しをするのに1年先を待たなければならないが、野菜だと年に数回収穫できるので短いサイクルの野菜をやることでこの自然農法の試みを実践できると言うことだそうです。

ドライいちじくとドライぶどうを口にした途端にこの農法の凄さがわかりました。
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2020年07月29日

俺はどこで死ぬんだろう?

昨日から糸島にいます。実家があります。親父が亡くなって7年くらい経ちますが、最近は実家に立ち寄ることがとんとなくなります。昨日は実家はどんなになっているのだろう?クルマで目的地に行く途中に実家の前を通ってみました。

何も変わっておらず相変わらず存在していました。あの広くて高低差のある庭も荒れずにちゃんと庭木も剪定されているので安心しました。親父が定年後から亡くなるまでの四半世紀、日課はこの庭の管理でした。最近はやる人がいないので母親がシルバー人材センターにお願いしてやってもらっています。

親父が存命中は真面目すぎるくらい必ず福岡出張時は実家に泊まっていました。親父が亡くなり、弟の代になり弟の家族の手前、自分の存在が邪魔になっていると思うようになり、ホテルに宿泊するようになり、実家への足も遠のきました。

私は現在、狭い1Kの賃貸マンションで暮らしています。現在、66歳です。66歳の頃、親父はせっせとこの庭と向かい合って余生を送っていました。私はまだ仕事していますが当然引退を考えなければなりません。70歳かな?あと3年半です。

持ち家は千葉県にありますが元妻が暮らしており、マルイチになった日から一度も行ったことがありません。なぜか?こっちはどうなっているんだろう?とは思いません。

70歳になり、引退してからどこに住むか?少しずつ考えるようになりました。家を購入する財力はないので、現実的に考えると東京都内の4畳か、6畳一間のアパートを借りて住むことになるのでしょう。当然、一人暮らしなので自分の心身が健康なうちの話です。

要介護になった時はどうするか?介護保険は徴収されるのでちゃんと払っていますが、捨て金です。老後にこの税金でちゃんと看てもらえると思えません。国のお金で一生を全うできるのは今の老人まででしょう。新型コロナでもこの高齢者には手厚い治療がなされていますが、それが我々が必要とする20年後も可能とはとても思えません。

70歳からも設計を真面目にしないとやばいです。昨日は実家の前を通ると共に宿泊施設に行くと途中、亡き叔父のうちが空き家になっているのを思い出しました。管理している従兄弟は一人娘なので嫁に行っているので住んでいません。空き家です。

親父の法事の時に「買ってくれない?」と言っていたのを思い出しました。平家の狭い廃屋なので値段はつかないのでは。そういえば「終(つい)のすみか」をここにするという選択もあるなと思いながら宿泊場所への道を急ぎました。
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2020年07月28日

withコロナ社会なら生きて行けるかも

コロナ禍はFBの投稿でもたくさん書いてあり、今更ながらこのブログに書くのも能がないので他のことを書こうと思いますが、地方に出張するとやっぱり、コロナ一色です。それに九州は7月中ずっと降り続いている大雨の被害がそれに拍車をかけています。

コロナの蔓延は事実であり、その事実は1つなのに、そのコロナがいくつかの顔を持ち、その地域、地域に存在しているのではないかという戸惑いを感じます。

東京が一番圧倒的にPCR検査の陽性者を出しています。コロナの巣窟が新宿歌舞伎町にあるような報道がなされています。コロナウィルスがうようよいるような報道です。

しかし、実際東京に住んでいると東京居住者は冷静です。夜の飲食店は相変わらず人が入っていませんが、生活そのものはだいぶん落ち着いて来ています。飲食も休日のランチは回復傾向が見られます。

次に巨大地方都市、俗に言われる100万人以上の人口のある例えば大阪市、名古屋市、福岡市等。ここ数週間で実際に行きましたがここもそれなりに人が出ているし、地下鉄等生活交通機関は人も乗っています。繁華街に人も見られます。

人っ子ひとりいないのは地方の市町村です。元々人口が少ないので人を見かけることは少ないですが、それ以上に街が死んでいます。ここに来て陽性者が増えており、感染者ゼロだった小さな町村でも1人、2人感染者が出ており、町村は震え上がっています。蜂の巣をつついた騒ぎを通り越して機能不全に陥っています。

言葉は悪いですが、陽性者が1〜2名出ただけなのに町村全体が凍りついています。足が地に着いていません。都会と比べると滑稽なくらい怯えています。コロナは東京であろうと地方であろうと同じなのに地方のコロナの方が100倍の破壊力を持っているような感さえあります。

対処する人間の意識、恐怖感の違いだけです。「東京の人は来るな」で大方の地方はコロナから逃げていました。それが我が居住地でコロナがどんどん出てくると「人のせい」にはできません。

自分たちの問題としてコロナを考えない限り、解決はありません。地域で見られる感染者という犯人探しや風評。これをやっている限り、都会よりも経済力がない地方、田舎はあっという間に苦境に陥ります。消滅の危機です。それでもコロナ感染者がゼロを誇っている。コロナ成りて万骨枯る。煽ったメディアが経営危機に瀕し、崩壊寸前なのと同じです。

コロナは自分たちの問題であると認識しない限り、解決しません。「withコロナ」社会を認めることです。
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2020年07月27日

争わない戦わない、ただ誠意を尽くす

ビジネスの中で親しくなればなるほど一定の距離が必要になります。超仲がよい関係だと悪態も親しさの表現なので許されますが、ビジネスはお金のやり取りで成り立っています。

それがわかっている時はお互い謙虚に振るまいますが親しくなり過ぎると自分の感情が優先して来ると返って仇になります。それで私も感情を剥き出してして喧嘩売ったり、怒ったり、喚いたり、悪態をついたりでずいぶんうらみも買いました。正義感の間違った使い方です。66歳になっても毎日働かないと食えないのも若い頃の不徳をまだ神様が帳消しにしてくれないからです。

でも少しずつ成長しているような気もします。特に飲食業をやったのはよかったです。コンサルだと私は「先生」ですが、レストランでは単なる「ホールのおっちゃん」か「爺さん」にしか過ぎません。最近はお客様のあらゆる行為に対して「ありがとうございます」と頭を下げることができるようになりました。

お客様と争わない、戦わない。「申し訳ありません」「ありがとうございます」この2語さえ知っていればこの業界は十分です。他の言葉は要りません。この2語を心を込めて言えばたいていお客様は許してくれます。喜んでくれます。

お金を払っているのでこっちが上位、お金をもらっているのでこっちは下位と思っている限りはお客様との本当のコミュニケーションはできません。お金のやり取りは対価のやり取りの手段にしか過ぎません。

大切なのは双方がハッピーだと感じることです。お金をいただく方は誠を尽くせばよい、払う方が思う存分楽しめばよい。ただそれだけのこと。こういう気持ちと姿勢でいると時々神様がご褒美をくれます。とても素敵なご褒美を。

時々、こっちから見返りも何も期待していないお客様からお褒めの言葉をいただいたり、気に入ったのでこれから友人知人を連れて来ますねと思いがけないプレゼントをいただきます。

そのためには親しい仲にも礼儀あり、刹那、刹那を懸命にそのお客様のために尽くすという姿勢が必要ですね。
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2020年07月26日

数字ほど嘘に満ち満ちているものはない

現在、執筆予定本の取材中です。移住や転職で農業をやり、成功している人を書こうとしています。一般的に経営の成功、不成功は売上高、利益、事業規模等で表します。これにはもう飽きました。66歳にもなって数字に縛られた経営本を書いているようでは鳥巣研二も3流です。

今回は「農業をやって幸せ?」を指標にします。農業をやって幸せと思っている人は成功者です。私はそんな人を書きたいと思っています。合わせて「農業に入ったきっかけ」も書きたいと思っています。一切の経営数字を排除して経営本を書いてみたいと思っています。

昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹新潮文庫)はよい本です。190ページに「数字は客観的なものの象徴であり、願望などいっさいの主観要求を排除した厳然たる事実の究極の信じられているからである。(中略)しかし、(中略)データをインプットするのは人間である。(中略)数字の客観性というものも結局は人間の主観から生じたものなのであった」と書いてあります。

それでやる前のシュミレーションでは全員負けるとわかっていた戦争を数字をいじくって、ごまかして起こしてしまって国を失くしてしまいました。

みんな数字に振り回されています。計算が速くて正確な人が秀才と言われます。それは組織では間違いです。数字を自分に都合よく、使いこなせるのが組織のエリートです。

コロナ禍で毎日感染者数が報道されます。日本全体が一喜一憂して全ての行動活動が感染者数に縛られています。メディアの報道もどう報道すれば視聴率という数字が上がるかに縛られています。

国民の健康などこれっぽっちも考えていません。視聴率が上がるとその番組のスポンサーの広告費が上昇します。これも数字です。そしてその番組のプロデューサーは出世します。そのために煽っているだけです。

当初、視聴率は上がりました。しかしあまり不安を煽ると国民も購買行動も控えるようになるとスポンサーの会社の業績も悪くなります。これも数字です。すると利益を確保するために最初に切られるのは広告費です。広告費カットが始まります。これも数字です。スポンサーを降ります。

テレビ局は現在、大苦境です。自分で掘った穴に自分で落ちてしまいました。ここから抜け出すためにさらに煽り報道をする。そしてやがて近いうちに倒産する。倒産の指標も数字です。

数字から抜け出した者が勝ちます。今、自分が思っていることを素直に行動することです。
posted by tk at 07:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする